序文
それは一通のメールから始まりました。
31期の卒業生で芝蘭会( 同窓会)の役員だった江後利幸さんから、同期で 新聞部OGの飯田(旧姓三谷)小百合に「高校阿倍野新聞が同窓会館に保管され ている」との一報でした。令和4(2022)年9月1日のことです。
早速、飯田が江後さんと確認したところ、阿倍野高校創立100周年で改修 された芝蘭会館に、部室の消滅と新聞部自体の休(廃)部によって破棄された と思われていた高校阿倍野新聞が大量に保管されていたのです。
OB( OG間で連絡が廻り、その年の11月26日に有志10名ほどが芝蘭会館 に集まりました。保管されていた高校阿倍野新聞は、欠落はあるものの、昭 和23(1948)年の創刊第1号から「編集後記」に「最後の挨拶」が記されて いる昭和61(1986)年の第244号まで揃っているだけでなく、昭和 22(1947)年発行の阿部野高等女学校時代の「曙」や新制高等学校制度への 移行過程の「阿部野新聞」まで残っていました 後に平成2(1990)年発行の 第248号まで確認)。
ただ、保管状態はマチマチで、きちんと整理されているものもあれば古新 聞の束のようになって、経年劣化や毀損が甚だしいものも多々ありましたの で、集まったメンバーで相談し、貴重な、また、今となっては歴史的価値も ある紙面を電子データ化して保存することになりました。
問題は、電子データ化するための作業、特に、スキャンつまり「読み込み」 でした。
600ページを超える「読み込み」作業は誰もが慣れない手探りの作業で、時には、思わぬ機器トラブルで中断を余 儀なくされながら完成したのが、この「高校阿倍野新聞電子版」です。
今、改めて、「電子版」を眺めてみると、なぜか新聞部に入部し、いつの 間にか、しゃかりきになって記事を書いていたあの頃を思い出します。
紙面に踊っている活字は、どれもこれも懐かしい言葉ばかりです。
曰く、「入学式」「クラスマッチ」「体育祭」「文化祭」「修学旅行」「卒 業式」 。古い先輩方には「対住高戦」もそうでしょう。駆けずり回っ て取って来たあちこちの店舗の「広告」も。
が、その紙背から浮かび上がって来るのは、私たちが高校生活をおくった 「戦後」の「昭和」の社会であり世相であり、つまり、あの時代ではないで しょうか。
ぜひ目を通して欲しいバックナンバーがあります。
それは第39号です。 昭和27(1952)年10月18日の日付の入ったそのタブロイド紙には「発行禁止」との書き込みがあり、事実、10月25日に発行された次のブランケッ ト紙には「第39 40合併号」と記されています。
今となっては、どうして幻の第39号が発行禁止処分になったのか分かりま せんが、どこか切迫した印象を受ける記事からは、サンフランシスコ講和条 約で日本が独立を取り戻したその年の騒然たる空気を垣間見るようにも感じ ます。
本日、DVDデータ「高校阿倍野新聞電子版」を芝蘭会 同窓会)に寄贈いたします。
電子化作業に携わった新聞部のOB( OGとしては、この「電子版」が多く の同窓生の目に触れ読むことができるよう、同窓会報「芝蘭」やホームペー ジでのPR、会館事務所のパソコンでの閲覧など特段のご配慮をお願いするも のです。
令和5(2023)年10月7日
【高校阿倍野新聞電子版作業に関わった新聞部OB OG】 28期)正井昭夫、勝信一郎、正井(畑中)和子 29期)川﨑眞、河嶋(西本)友子 30期)橋村宏一、岡本共右 31期)越石(大森)伸樹、飯田(三谷)小百合 33期)柴田晴美、雑賀重則 35期)永野(市川)恵美 38期)石橋奈佳、岩谷(石川)真理子
【Special(thanks】 田中邦明さん 28期) 江後利幸さん 31期)
※()内は旧姓
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